第六篇 月下流麗
著者:shauna
ああ・・頭にくる!!
一体ファルカスは何なんだろうか!!そりゃ、ファルカスが思っていることだって分かるし、確かに全部勝手に決めたのは悪いことだと思う。でも、私にだって言い分はある!!それなのにこちらの真意を理解しないままいきなり怒りだすなんて・・・
「ねえ・・まだつかないの?」
苛立ちでついつい鋭くなる声にロビンが応える。
「もう少しです。」
ファルカスと別れた後、幻影の白孔雀の手がかりを求めてサーラはロビンの先導である場所へと向かっていた。
「ほら・・あれです。」
ロビンが広場に面した建物を指差す。
サーラはそれを見て・・・
「うわぁ・・・」
思わず驚きの声を漏らした。
綺麗な建物だ。オレンジ色の屋根を持つ高い塔が目印の白い建物。
「これが魔道学会のフェナルト支部?」
「ええ・・元々総督府だった建物を改装工事したので必然的に豪華な造りになるんです。ちなみに隣にある建物が裁判所兼一時的に被疑者を閉じ込めておくための牢獄になります。」
サーラはスッと横に視線を送る。そこには魔道学会の支部にも負けないぐらい豪華な白い建物が空中回廊で繋がれていた。
「ふ〜ん・・・で、ここに居るわけ? ”幻影の白孔雀”の手がかりを知ってる人・・・」
「はい。僕の直属の上司でずっと調べてもらってたんです。3週間程経ったので少し経過報告を聞いてみようかと・・・」
「へ〜・・・調べ物ができるってことは・・・凄い人なんだ・・」
「ええ・・・魔道学会のAランク魔道士です。“フラント=シュピア”って名を聞いたことありませんか?」
その名前を聞いてサーラが目を見開く。
「フラント=シュピアって!! あの『フラヴァス・カルメニア』!? 」
「ええ・・よく御存じで・・・」
ロビンの反応が素っ気なかったのに、正直驚いた。
なぜなら、魔道士で彼の名前を知らない人間なんてほとんどいないだろう。
当時の最年少記録である25歳にして魔道学会入りを果たし、有名魔道士の階段を駆け上がり、その後僅か6年で3クラスアップして現在では魔道学会のAランク魔道士になった魔道学会非常務理事。
彼の魔法は独特で杖の代わりにショルダーキーボードを使った音楽演奏で行われる為、ついた二つ名が「黄昏色の歌使い(フラヴァス・カルメニア)」 まさに天才とは彼の為にある言葉だという言っても過言じゃないぐらいにすごい魔道士。
そんな人が直属の上司だなんて・・・
「ロビン君・・君、ひょっとして結構凄い?」
「まさか!!入ってまだ半年も経ってない新米ですよ。なのにシュピアさんが何かと気にかけてくれて・・・本当に僕には勿体無いです。」
いやいや・・謙遜しすぎだろう。
苦笑いを浮かべるサーラと共にロビンは入口で自分の会章(バッジ)を見せて中に入り、階段へと向かった。
そして辿り着いた最上階の三階。幾つもの部屋が立ち並ぶ中、一番東側にその部屋はあった。
金色の表札に「第15研究室」と書かれた一室。
その部屋の大きな樫の扉をロビンは数回ノックする。
「入りなさい・・・」
渋いバリトンの声が聞こえた。
「失礼します。」
ロビンはそう言って先に入り、サーラも後から続く。
中は本当に研究室といった感じで、壁一面の書棚から溢れた本が床に積まれ、その上にレポート等が置かれていて、その状態が50畳程の広い研究室を逆に狭く見せていた。
「まあ、座りなさい・・今コーヒーを淹れるよ・・」
磨りガラスの衝立の向こうからした声に2人は従い、部屋の中央に置かれた応接セットへと腰を降ろす。
しばらくして・・・
「いや〜・・・今年の水の月は例年に比べて暑いね〜・・・」
磨りガラスの向こうからアイスコーヒーをトレーに乗せた40代の男が姿を現した。
白髪のおじさんで一言でいえばどこにでもいる・・言うならば鍛冶屋の親方的な風体をした男だった。ただ、才気溢れる感じがヒシヒシと伝わってくる気がする。
「あなたが・・・フラント・シュピアさんですか?」
「ああ・・君がサーラ・クリスメント君だね。ロビンからの伝言に書いてあったよ。この度は彼を助けてくれてありがとう。聞くところによると、回復術の達人だそうだが・・・」
「ええ・・まあ、嗜む程度には・・・」
おどろいた。天才魔導士というぐらいだからもっとふてぶてしいと思っていたらそんなことは全然ない。むしろ、大人というか、常に態度に余裕がある。でも、この人が間違いなく魔道学会Aランクの魔道士・・・フラント・シュピア・・・
「さて、知り合いが戻ってくるまでに手短に話を聞くことにするよ。」
アイスコーヒーにガムシロップとミルクを入れながらシュピアが語る。
「ロビンの手紙には『幻影の白孔雀の情報がなかなか集まらない』と書いてあったが、実際どうなんだい? 何も集まってないのかい? 」
「ええ・・・すいません、聞きこみとかはしっかりしてるんですけど、中々有力な情報が無くって・・・」
「まあ、今はカーニバル中だからね・・。仮装の為に髪を白く染めている女の子なんてたくさんいるから、仕方が無いね。」
「・・・すいません。」
「いやいや・・謝らなくていいんだよ。・・さて、クリスメント君。」
「え!?はい!?」
いきなり声を掛けられて危うくコーヒーをこぼすところだった。
「君は今回の件についてどこまで知ってるのかな?」
「今回のことっていうと・・・」
「事件についてだよ。ロビンからどこまで聞いてるんだい?」
「えっと・・・」
とりあえず一通り話すことにした。ロビンが盗賊を取り逃がしてしまい、上の人に怒られたので直属の上司(たぶんシュピアさん)に相談したらこの町に逃げているらしいと言われ、汚名返上かつ自身のランクアップの為にその盗賊を捕まえようとしている。自分は、白孔雀の使っているスペリオルに興味があり、できれば手に入れたいので、彼に協力している。
まあ、そんなところ・・・
「なるほど・・・」
聞き終えたシュピアは深く頷いた。
「じゃあ、私からもう少し付け加えをしよう。このことはロビンにはトップシークレットということで既に言ってあるんだけど、君にも話しておいた方がよさそうだ。実は、白孔雀が今狙っているのは“水の証”という宝石なんだ。」
「水の証・・・」
サーラにとって初めて聞く名前だった。
「それってなんですか?」
「さっきも言った通り、宝石さ。大きさは大体人の握り拳ぐらいかな・・・ダイヤモンドよりも硬い特殊なクリスタルで出来てるんだけど・・・どうやら、その宝石は・・・強大な力を使う為に鍵になるらしいんだ。」
「強大な力・・・ですか?」
「そう・・・フロート公国の国立図書館から盗まれた本は全てその宝石に関する論文と御伽話の本だった。そして盗まれた論文を私は一度読んだことがある。それによれば、水の証はね・・・この街のどこかに隠された伝説の宝石で、内部に自然の魔力を溜め続ける性質があるらしい。」
「それってつまり!!」
「そう・・歴史書によれば水の証が前回使われたのは数千年前・・・。つまり、水の証は数千年分の魔力をその中に溜め続けていることになる。」
「つまり、巨大な魔法力のタンクと考えてもよろしいですか?」
「ああ・・・そして・・・」
シュピアの顔が険しくなる。
「そんなモノを白孔雀が手に入れてしまえば、何に使うか分かったものじゃない。かつて殲滅の限りを尽くした最強の戦乙女。そんな者の手に水の証が渡ってしまうことを考えただけで、私は夜も眠れないよ・・・」
サーラは何も言わなかった。というより、言えなかった。もし犯罪者が強大な力を手に入れたら、そのする事といえば、さらに犯罪を重ねることしかない。ましてや相手は現在有名な盗賊、過去には殺戮の限りを尽くしたあの幻影の白孔雀だ。
「いいかい?絶対に白孔雀に水の証を渡してはならない!なのに、私は今仕事があって手が離せない!これは命令じゃない。”願い”だ。頼む、君達の力で白孔雀を退け、彼女より先に水の証を手に入れてくれないか? そうすれば本部に持ち帰ってより厳重に管理できる。二度と誰にも使われないところにね・・・。」
その言葉にサーラは・・・
「一つだけ条件があります。」
「なんだい?」
「彼女が持つスペリオルの内で3つを私に譲って欲しいんです。」
「もちろんだ。報酬としてそれぐらいは当然約束するつもりだよ?」
アイスコーヒーを飲みほし、サーラががにこやかに笑う。
「わかりました。この綺麗な街が一人の欲望により支配されるのは我慢できません。協力します。」
続いて、ロビンも微笑む。
「世界はみんなのものですから・・・」
「ありがとう・・・」
シュピアは深く頭を下げて礼を言った。
―コンコンコン・・・―
それとほぼ同時に響いたのはドアのノックオンだった。
「グッド・タイミングだ。」
シュピアはそう言うとドアのところまで歩いていき、相手を確認してドアを開ける。
入って来たのは女性だった。
「済まなかったね、リア君。こんな雑用を頼んでしまって・・」
「いえ、仕事ですから・・・」
思わずサーラの心臓が撥ねる。
綺麗な女性だ。いや、まだ少女といってもいいかもしれない。ものすごく美しく華奢で、全身に纏った黒いドレス風の騎士服がとても似合う少女。長い金髪にエメラルド色の目。腰にはスモールソードを下げたただただ美しいとしか言いようのない少女。
「紹介するよ。彼女はリア・ド・ボーモン君。私と同じ、魔道学会Aランク魔道士にして、魔道学会の常駐理事を務めている。」
リア・ド・ボーモン・・・その名前にも聞き覚えがあった。
シュピアが天才なら彼女は鬼才。二つ名は確か「龍帝」。
光の魔術ならそのほとんどを使いこなす天才魔術師にして、剣術では男の将軍をも寄せ付けない最強クラスの剣士。
確かファルカスから話に聞いたことが・・・
そこまで思い出してサーラは顔を顰める。
思い出したくない奴の名前を思い出してしまった。
「リア君。早速だが説明してくれないか?」
「はい。」
シュピアが促すとリアはすぐに手に持った黒いファイルを開いた。
「まず、幻影の白孔雀についての情報です。本名“シルフィリア=アーティカルタ=フェルトマリア”・・・17歳・・・」
「17!!?」
思わずサーラが声を上げる。驚いたロビンが心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「え・・・ええ・・・」
苦笑いするサーラだが、その動揺は隠しきれない。まさか自分と同い年とは思いもしなかった。
「続けますよ。」
リアの言葉にサーラとロビンが同時に頷いた。
「医療機関のデータから調べた結果、身長157cm、体重は43,9kg。見た目は・・・これです。」
そう言うなり、ファイルに挟んであった時切絵(写真)を2人に見せる。可愛い少女だ。サーラが思わずため息をつく。
白く長い髪をした少女。一言でいえば清楚可憐なのだが、そんな言葉すら霞む程に可愛くて綺麗な女の子。それはもう、思わず抱きしめたくなってしまう程・・・女の自分ですらこの反応だ。男ともなれば・・・
不意に視線を横に居るロビンに流すとやっぱり写真を凝視して固まっていた。ってかホントに17歳・・・伝説の魔法使いが自分と同い年・・・そこが未だに信じられない。
「見た目はこれですが、油断しない方がいいですよ。魔道学会のSランク魔道士が束になっても敵うかどうかわからない相手ですから。」
時切絵で表情が緩みきった2人にリアが理性を取り戻させる。
「そんなにすごいんですか?」とロビンが問うた。
「ええ・・魔術はもちろんですが、剣術、弓術、槍術、馬術・・・ありとあらゆることが特筆すべき点に上がるスーパーエリートです。」
「リアさんは、よくご存じのようですね・・・その・・・彼女のこと・・」とサーラ。
それに対し、リアは真剣な眼差しで答えた。
「かつて、一戦交えたことがあります。」
サーラが目を丸くする。
「え!!ってことは!!彼女に会ったことがあるってこと!?」
「ええ・・・2年ほど前になります。とある内戦で彼女と戦いました。」
「・・・・結果は?」
「・・・・・・唯一の敗戦記録です。」
凍り付く空気・・・その空気だけが当時の状況を語っていた。
話してもらう必要はない。リアの顔から察するにおそらくかなりの惨敗を喫したのであろう。
どの程度かはわからないが、「龍帝」の二つ名を持つ彼女の唯一の黒星・・・
よどんだ空気を脱するように発言したのは今まで黙っていたシュピアだった。
「だが、彼女はそこで、幻影の白孔雀にある弱点がある事も突き止めた。」
「ある弱点?」
ロビンが食い入る。
「ああ・・・その弱点というのは・・・」
・・・・・・
話を聞き終ってサーラとロビンはシュピアとリアに頭を下げて魔道学会を後にする。
「顔が割れた以上、彼女はきっとすぐにでも見つかるはずだ。しかし、今回の彼女の捕縛はアクマでも極秘任務。感付かれない様、最大限の注意を払ってくれ。」
「了解です。いろいろありがとうございました。」
「誰が白孔雀と内通しているかわからない。また、信頼していた者がいきなり敵になることもありうる。いいかい? 誰も信用してはいけない。それが君達の命を守る最大の助言だ。」
「はい。」
その言葉を聞いた時、フッとサーラの脳裏にファルカスのことが浮かんだ・・・。”信頼していた者が敵になる”・・・か・・・
サーラとロビンは再び繁華街に出て聞き込みを開始する。
そして2人がシルフィリアとファルカスの2人と顔を合わせるのはこの僅か数時間後のことであった。
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